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桜の花よ、北へ
日本列島を桜色に染め、花は北上しつつある。

各地の花の名所は、今年はどこも静かだという。

震災後、首都圏では買い占めに走る人がいる一方で、支援や救助、事態の収束に奔走する人々もいて、日本は余震だけでなく人も小刻みに揺れ動き、列島全体では喪に服してしまったような自粛ムードが続いている。

今一番元気のないのは東京の人!とも聞いた。

そんな中で、生きていること、健康なこと、周りの木々が花をつけ始めていること、鳥が囀ずっていることにしみじみとありがたさを感じている人も多いのでは。

震災の翌日、東京郊外の駅を降りると、巨大地震なんてなかったかのように晴れ渡った青空にさわやかな風。
民家のドアが開閉する音がして母親が子供を呼ぶ…、牛乳ビンが行儀よく並んだ玄関先で大きく伸びをした猫が草花の横をすり抜けていく。日差しを浴びた洗濯物が気持ちよさそうに風を受けて揺れている…、そんな日常の生活を見ながら、これを失った人があまりにもあまりにも多くいることに愕然としながら歩いていた。

一昨年、三陸海岸を旅した時、今回津波に襲われた地区の一つ、宮古の町を散策した。歩き回った市場近くの町並みや看板、道は、今はもうない。
その時に、宮古から乗った北リアス線「久慈(くじ)行」の、素朴でかわいい、たった1両か2両編成の車両が、津波に流され横転しているのを映像で見た時はとても悲しかった。

そんな被災地の人たちが、「私たちも頑張りますから、東京の人はもっと元気出してください」と言っているとか。

そういえば、被災した人々の冷静さ忍耐力の強さ、他を思いやる姿に海外メディアは驚き、敬服して、こぞって報道していた。その土地で昔から地道に生きている普通の日本の人たちの姿が「高潔な精神」として捉えられた。
そして、今まで「日本の誰か」が援助、救援してきた発展途上国の人たちも「恩返し」の一つとして自分たちの少ない稼ぎから日本へ募金したいと行列を作っている。

日本は大きな犠牲を払ったが、私たちは「日本人」の気質を自覚するようになった。日本人の、人としての本来の姿、実はとても尊く気高く美しい心の有り様を多くの人が思い出し、自分たちのことも含めて見つめ直しているのではないだろうか。

今回のことで「人種」は二つに分かれそうだ。
一つは「高潔な精神」を持つ人とそれに気づき動こうとする人。
もう一つは、自分たちのことしか考えない人。わずかとはいえ被災地ではスーパーなどでの窃盗もあったとか。首都圏などでガソリンや食料を買い占めた「自分たちだけよければ」の人たち。本当に必要で、家族のことを思って買いだめに走っているのかもしれないが、人は物欲がある限りそれにしがみつこうとして今の生活レベルを守ることに必死になる。
その2つの間で揺れている人も多い。

だが、確実に今までとは違う灯火がちらほら見えはじめてきた。


ともしびと言えば、最初の計画停電の夜、街中が真っ暗な中、部屋に差し込んできたほのかな明かりに気が付いた。窓の外を見ると月光。
ちょうど1年間で最も月が大きく見えるスーパームーンの少し前で、その明るさと美しさに感激。束の間、世の中の出来事から離れて見入っていた。
自然界本物の幻想的な暗さと明るさ。平安時代の物語世界に入ったようで、真の暗闇にはもののけか妖怪が潜んでいるような気配さえあった。数百年〜千年ぶりに彼らも恐る恐る世の中を窺っていたのだろうか。
怖くもあり感動的でもあり、不思議なひとときだった。
自然界の暗さと明るさは、あまり物にしがみつかない方がいいよ、と教えてくれているようでもあった。

さて、花見。直に東北も開花するだろう。

飲んで騒ぐのではない、ただ桜の花を愛でながら今ある命に感謝するということを、今、日本の多くの人が望んでいる気がする。
花を愛でる、見るということは自粛するとかしないとかとは無縁の、人として尊い所作と思う。
それは、太古から月を愛でるのと同じように、人々が続けてきた自然の習わしなのだ。
人として、するべきこと、するべきでないことは皆、自らの判断に委ねられていいはず。
自分たちの思いと行動は、良くも悪くも必ず届くべきところに届き、やがて戻ってくる。

桜よ。
北上しながら、たくさんの人々の、さまざまな想いを受け止めながら、迷うことなく咲ききってほしい。



posted by: masumi | | 15:06 | comments(1) | trackbacks(0) |
ふぶき、ふぶき、桜吹雪の山形霞城公園

今年の春は遅い。
先日、歩いた越後の方でも、桜がやっと開花したばかりだった。

桜、その花盛りよりも、桜吹雪で忘れられない土地がある。
数年前に訪れた山形の霞城公園。

4月の下旬、その日の朝は山形の山寺(宝珠山立石寺)の千余段の石段を登りきって、五大堂から奥羽山脈を見下ろしていた。
身体の中まで吹き抜けていく風に圧倒されながらも、心地よさにしばらく身を委ねていた。
稜線と雲の刻一刻と移り変わる優雅な天の絵に時間を忘れて見とれていたものだ。

帰途、宿泊先の山形駅までJR仙山線に乗車。
終点の山形駅に近づくとアナウンスが流れた。
霞城公園の堀端の桜並木が車窓に見えてくるという。
電車の速度を落とすので、お楽しみくださいとのこと。

最上藩の城主、最上義光が築いた霞城跡の石垣とお堀に、桜の花が今が満開と咲き誇っていた。
徐行運転となった車内から歓声が上がる。乗客誰しもが花に見とれた。
思いがけない贈り物だった。

その夜、ホテルから霞城公園まで足を延ばしてみた。
折しも夕方から強い風。
桜は満開を過ぎていたのだろうか。
白い花びらがこれでもかとばかりに舞う。

かつて経験したことのない桜吹雪、猛吹雪。
花、花、花を浴び続けながら土手を歩いた。
桜吹雪で周りが見えない。
風が吹き荒れているので歩く方もままならない。
なんという花の嵐か。
風はどういうつもりなのか。
風が荒れ狂っているのか、花びらが荒れ狂っているのか。
すさまじくも美しい桜吹雪だった。


posted by: masumi | | 18:33 | comments(1) | trackbacks(0) |
門司港で常連さん
関門海峡。
本州の下関と、九州の門司港の間にある海峡。

この門司港側に頑固な大将が気まぐれに開いている常連さん限定の飲み屋がある。
そこの頑固な大将、いやマスターと呼ぼう。常連さんはみなそう呼んでいたから。
マスターのその日の気分次第で、開店時間も閉店時間もまちまち。
メニューだって何が出るかわからない。
機嫌のいい時は、客が注文すると急に姿を消して、どこに行ったかと思いきや市場にまでその注文の品を仕入れに行ってしまう。
マスター不在の、客だけの店となってもなんの混乱も困惑も不思議もない。
そもそもマスターがいるのに、客は勝手に飲みたいものを棚から出して飲んでいる。
そんな「一見さんお断り」の、別の意味でとっても敷居の高いお店に、観光客なんて絶対に入ることなんてできないお店に、ひょんなことから初めて会った地元の人に連れて行かれた。
そして次の日にはもう「常連さん」と常連さんたちに呼ばれて迎えられてしまった。


そのひょんなこととは、門司港から下関まで、海底トンネルを通って歩いていこうとしていた時のこと。
入り口の道を確認するために、たまたま近くで観光用シャトルバスを止めて車体を拭いていたおじさんとなぜか目が合って、おじさんが「にっこり」笑ってくれたので、道順を聞いてみた。
運転士のおじさん曰く、もう夕方だから人道トンネルの入り口まで歩いて行くのは寒いしちょっと遠い、その方面に行くバスも終わっているから今日はやめておいた方がいい……
それなら、それならば、おじさんのバスはどこを回るの? このシャトルバスで市内を観てみようかな、ということでシャトルバスに乗り込んだ。

シャトルバスは、地元の人もよく利用している。当然、運転士さんとは顔見知りの人も多い。
そこで、ちょっと聞いてみた。
ウニが食べたい、ふぐが食べたい。安くておいしくて肩の凝らないお勧めのお店はないかな、と。
まじめな運転士さんはあまり外では飲んだり食べたりはしないらしく、う〜ん、どうかな、どこがいいかなあ、とのこと。
で、途中からバスに乗ってきた地元の主婦らしき女性に相談。
印象からすると、その類いのお店には詳しくはなさそうだった。
すると、「私たち地元の人間が普段行ってるお店だけど……、キレイじゃないけど……」
そこでよければ行く? という話になって、喜び勇んで連れて行ってもらった。

確かに、キレイという雰囲気ではない。カウンターには「本日、貸し切り」との張り紙がぶら下がっている。
それはいつものことで、マスターが気に入らないお客さんを断る時のテらしい。

結局、マスターは、せっせとポテトサラダを作ってくれた。
常連さんに言わせると、機嫌のいい日にしか作ってくれない名物ポテトサラダだった。
「合格」したようだ。

2日間通って、ご飯よりいくらの方が多かったいくら丼、白いご飯が見えないくらいのうに丼、お皿いっぱいに盛られたふぐ刺し、とろりとろけそうな岩牡蠣、香り豊かなひれ酒、などなどマスターの気分次第で変わる豊富な海の幸の数々をたっぷりと味わった。びっくりするくらいの格安な値段で。

マスターの帰り際の言葉が嬉しかった。
「もう、常連さんだからね」
常連さんたちの言葉が嬉しかった。
「新人さんなのに、常連さんだからね。すごいね」

ドアを閉めても、マスターの声がずっと聞こえていた。
「ありがとね、ありがとね、またね」



posted by: masumi | | 16:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
少しの拘束と自由な旅
天候を気にせず旅をする。
天候に合わせて行動する。
そのゆとりが天に委ねるという、別の言い方をするなら「なるようになる」という開き直りにも似た手放す気楽さを教えてくれる。

時には、パソコンも携帯電話もデジカメも置いて歩けば、インターネットで旅先を検索することもなく、カメラ撮影に気を取られて自分の目で見るのを忘れるということもない。
地元の人と話せば、秘密の「とっておき」を教えてくれる。
小料理屋だったり、土地の人しか知らない名所だったり、樹齢数百年の藤棚だったり…
自分の直感と五感、六感をフル起動させて動く。
自分だけのためにその瞬間を味わい尽くす。
時間に追われず時を超え、天候を気にせず天に委ねる。

贅沢で至福な時間はもちろん一人で。
連れがいてもいい。ただし同類を。
(お勧めできないタイプの人もいます。自分を知った上での行動を)


最も、全くの自由というのは不安もあるので、少しだけ何か約束事を取り決めておく。
宿泊、食事、交通機関の予約……

少しの不自由と拘束は、案外、全くの自由よりも安心感があるのだから。

posted by: masumi | | 14:57 | comments(0) | trackbacks(0) |
天候を気にせず天に委ねて (高千穂、オホーツク海、鳥取砂丘)
天孫降臨伝説が残る宮崎・高千穂。
あれは冬。
12月の高千穂峡は寒い上に、峡谷の水しぶきを霧のようにしっとり浴びて凍えそうだった、と言いたいところだが、これが禊(みそぎ)をしているようで心身ともに洗われて、非常に心地よかった。

実際、都会の塵や物質主義的価値観を洗い流す必要があったのだと思う。
その後で訪れた高千穂神社や天岩戸神社、天安河原は生半可な観光気分で足を踏み入れるべき場所ではなかったから。

高千穂神社には、天と地の懐に抱かれている心地よさと、寝入ってしまいそうな温もりがあった。
天照大神が隠れたとされる天岩屋戸を御神体としてお祀りしている天岩戸神社は1日中、太陽に照らされていた。
神社境内は木漏れ日が光り輝き、天安河原も虹色の光が走り、行く先々に光、光、光が満ちあふれ、なんとはなしに「特別」な気配が漂っていたように思う。
あまり言葉では表現したくない。
あの空気は実際、その場に立ってみないとわからない。
行かないうちから軽んじて笑ったりしないで、自ら感じてほしいものです。



晩秋の頃、網走から乗った釧網線を途中下車して、オホーツク海の波打ち際まで歩いてみた。少し寒い。
誰もいない。空模様は更に怪しくなってきた。

オホーツクの海は重たそうに動いている。ゼリー状にプルプルと揺れながら厚みを持った波を移動させていた。
季節と天気のせいだろうか。人っ子一人、いなかった。
大地は広く、釧網線の線路は細長い生き物と化して知床半島へと延びている。
360度ぐるりと見渡してもやはり一人だった。
このままオホーツクの海に飲み込まれても誰も気がつかないだろう。
怖いというより、愉快だったのはなぜだろう。


そういえば鳥取砂丘でも砂丘のてっぺんで一人になった。

夕陽があまりにもキレイで、隣の砂山のカメラマンたちと夕暮れのひと時を共有したが(『鳥取砂丘の夕焼けとカメラマン』)、その後は一人きり。
日本海を足元に眺めつつ、日が沈み、辺りが薄墨色に染まり、やがて夜になろうとする時間を独り占めした。
あの時も、あれほど夕焼けが美しくなかったら、もう少し早く砂丘から引き上げていただろう。


旅は、なるべくゆるやかな計画がいい。
天候を気にせず旅をする。
それは、天候に合わせて行動できるということでもあり、柔軟さと自由を持って動けることでもあるけれど
天に委ねてみるのもいい。




posted by: masumi | | 14:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
出雲大社の神秘 松江の不思議

旅先での天気は旅を左右する。

とはいえ、どんな天気であってもそこに展開された景色(景観というより旅の1ページ)は「絵」となり、後々まで心の隅に残るものである。

以前、高知空港が濃霧のため上空で何機もの飛行機が待機したあげく、私の乗った便が伊丹空港へ引き返した(羽田発の便だったが)いきさつを書いたことがある。(『高知空港で待機』)
そのおかげで、瀬戸内海を地上で渡った。予定にはなかった行程だ。濃霧の中でわずかに姿を見せる幻想的な小さな島々が美しかった。

出雲では…、出雲大社の「結界」を通り抜けたとたんに霧雨が止んで、陽がキラキラと射し込んできた。
鳥居はいくつもあったが、神秘の鳥居は一番奥の小さな鳥居だったと記憶している。
「この世」と「あの世」を区切る「目に見える結界」もあり、塀の向こう側は明るく、眩しすぎないやさしい光に満ちていた。
八百万の神々が一堂に介する場。強いというより意外にもやさしいエネルギーを受け取ったように思う。

出雲大社でお参りした夜は、松江に移動、宍道湖畔に泊まった。
翌早朝、激しい横殴りの雨が窓をたたきつける音で目が覚めた。宍道湖は湖とは思えないほどの高波で荒れている。
外出は無理そうだ。今日はこの部屋に籠って読書でも、と考えながら朝食から戻ると、窓の外の湖はすっかりおとなしくなっていた。
雨も小雨に変わっている。薄日も射し始めていた。
これなら大丈夫と松江城まで出掛け、雨上がりの湿気たっぷりの日射しを浴びながら城下をのんびり歩いたものだ。
もう何年前のことだったか。
松江宍道湖と言えばまず、早朝の横殴りの雨と、荒れ狂う高波が目に浮かんでくる。

posted by: masumi | | 18:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
旅先での天気
出雲大社では、鳥居の手前は薄日が射していたが、向こう側にいる人たちは傘を差していた。
霧雨のようだった。
私が鳥居をくぐり抜けると、急に日が射して別世界。
不思議なことがあるものだと思ったが、さほど気にもせず後日このことを知人に話すと
「結界を通り抜けたんだよ」彼はそう言った。

なるほど、結界……

旅先での天気は、その日の気分も行動も変える。
この「天気」に導かれるような経験が、何回かあった。

それについて、これから少し触れたいと思う。

posted by: masumi | | 11:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
悠久の時間 奥州平泉
2008年
この夏、世界遺産登録の延期が決まった奥州平泉。

数年前に訪れた時
金色堂のある中尊寺よりも
浄土庭園のある毛越寺よりも
後に芭蕉が詠んだ「夏草や兵共が夢の跡」の句碑よりも
印象に残ったのは
あの土地に流れていた時間だった。


平泉の駅で帰りの電車を待っていた。
たかが一駅乗るのに、待ち時間は1時間。
時刻表を確認しないまま出かけたのが間違いだった。

いや、間違いだなんて口にするべきではない。
あれは、与えられた時間だったのではないだろうか。

駅舎の周りには何もない。
なくはないのだが、もうほとんどの店が閉店していた。
まだ、夕暮れ時だったのだが…

さて、どうしたものか、ここで待つしかないかなと決めたとき
肩に手を添えられるような感覚で気づかされたものがあった。
そこに漂っていた時間

800年余りの時を経てなお
古(いにしえ)の時間が静かに動いていた。

歴史とは過去のもの。だが、時間がぷっつり途絶えているわけではなく
今という時間も包み込み、巻き込んで、進んでいる。
歴史を受け継ぐ人々の人生も、近辺で起こった騒ぎも
全てを包み、 悠久の時間とともに今、そこにある。
この、1時間という時間も飲み込んで


与えられた旅行ではなく、時間に追われた観光ではなく
無駄と思われるような時にこそメッセーは降りてくる

これから、遥か昔の時間を意識せざるを得ない旅が続いていく
800年が、まだつい先頃の時間であることを知る旅は、はじまったばかりだ。
posted by: masumi | | 18:54 | comments(0) | trackbacks(0) |
雪解けの古の参道 長野・戸隠神社、奥社
こんなに難行になるとは思わなかった。
途中、何度も気持ちが萎えた。

戸隠の奧社があんなに山の中、しかも4月下旬にまだ積雪があって一面真っ白だとは思いもせず、認識不足のまま歩き始めたのだった。
春の森林浴か、杉木立の散策ぐらいの軽い気持ちで…
奧社バス停(奧社入口)から勇壮な戸隠山の頂きを眺めながら。

「天岩戸」ゆかりの戸隠神社。
その五社(中社、九頭龍社、奧社、火之御子社、宝光社)は、天岩戸を開けるのに貢献した神々が祀られている。
本社である奧社は、天の岩戸を開け戸隠へと投げた天手力雄命(あめのたじからおのみこと)を祀る。
太古より護り続けられ、山岳信仰の修業場でもあった。


奧社の随神門をくぐったあたりから空気ががらりと変わった。
違う世界に飛び込んだかのよう。
天に抜けるように聳え立つ百数十本もの杉並木の参道に入ると、人々が急に小さくなった。
人は古の森では小人にすぎない。

風にひんやりと霊気が交ざる。
厳かな霊気が。

多少の緊張感とともに、それでも最初は杉並木の参道がぬかるむ程度の残雪を悠長に楽しんでいた。
やがて、この平坦な道がずっと続くのではなく山を登るということに気づき、進むほどに斜面がきつくなり雪深くなってきたこと、雪がシャーベット状に凍っていること、前方の上り坂は白一色で、見え隠れする階段らしき形はもはや道ではないこと…を知った時には、もう引き返すこともままならぬ所まで来ていた。
森林に覆われたりっぱな雪山に対して、我が身は軽装に華奢なスニーカーだった。


雑念がすべて飛んだ。

無事に登って、そしてこの同じ道を無傷?で降りて来られるのか、その不安で胸がいっぱいになった。
登ったからには降りなければならない。
この凍った雪の山道を。

目の前にある道を、ただ一歩一歩踏み締めながら登るしかない。
それしかなすすべがないという感じだった。
(帰ってから思うと少々大げさだった)

悲鳴や歓声が響き渡る。
至る所で、滑る音と尻餅をつく人。
手すりも何もない。自分の身体を足に預けて踏み締めて登る。
のんびりとした春の陽気に救われて「お気をつけて」と言葉を交わすが、降りて来る人は必死の形相。


そして、とうとうたどり着いた奧社。
この空気、霊気のなんという清浄さ。
同じ山麓にいるのにまだ空に浮いている戸隠山の気高さ。
圧倒されていた。
隔世の感があった。
ほとんど「無」の心境だった。

さて、恐れていた下り。

今度は覚悟を決めて下り始める。所々がアイスバーンの急斜面。
慎重にゆっくりと。
他のことは何も考えずに足元を凝視しながら、周りの出来事には気配で対処して降りていった。

どれくらいたったのか。

時間はそれほど過ぎていないように思ったが、すぐ側を降りていた見知らぬおじさんが仲間に向かって言っていた。
「もう、ここまで来れば大丈夫だよ」

顔をあげると、確かにあっけないほど早く平坦な所まで降りていた。

なんだか魔法みたい(この言葉は今後の旅で何度もつぶやくことになる)。

行きの登りは2時間ほど。
下りは、10分ぐらい…。
正確なところはわからない。
時間などというものは存在していなかった。

ホッとすると急にお腹が空いて、身震いするほどの寒さも感じた。

戸隠は信州でも屈指のそば処。戸隠連峰の高冷地で栽培された霧下そばと呼ばれる玄そばを、熱々の鴨南蛮のつゆでしみじみと味わった。
お蕎麦がこんなに美味しかったなんて。
妙な感激が達成感と心地良さとともに押し寄せてきた。


戸隠神社の奧社と中社は離れている。古の参拝道を歩けば約1時間。他の古道も
戸隠山の山麓内でブナや白樺の森林植物園、鏡池、登山道へと繋がっている。
5月20日が戸隠山開山祭。
森林植物園のミズバショウの見頃も近付いてくる。


posted by: masumi | | 16:45 | comments(0) | trackbacks(0) |
千手ヶ浜〜西ノ湖、森の守り神
奥日光の中禅寺湖。

紅葉の季節には毎年、航空写真の映像がテレビや新聞で紹介されている。
東武日光駅からいろは坂を登りに登ってバスで40分。
中禅寺湖が見えてくる。

地元の人たちは、日光市街地を「下」、中禅寺湖畔を「上」と呼ぶ。
「雲の上だから」
そう、ここはもう雲の上。
気温もだいぶ違う。

いろは坂から、中禅寺温泉経由で更に20分。
湖畔に近づいたり遠ざかったりしながら走り、戦場ヶ原散策の起点、赤沼で下車。
そこからはハイブリッドバスに乗り換える。
一般車の通り抜けができない森林の中を、窓を全開にしたバスがゆっくり進む。
目的地は、戦場ヶ原を尻目に、湖の西端、千手ヶ浜。
途中、バスは何頭もの鹿に見送られて、元気良く歩いているハイカーたちを追い抜く。

窓から入り込む風が透き通っている。
優雅な森林浴。
終点の千手ヶ浜に降り立った時は、1人だった。

5分歩くと、白い浜辺が静かに広がっていた。
湖が穏やかに揺れている。
浜辺から、左前方に男体山がその勇姿を見せている。

さて、更に西へと、歩こう。
西ノ湖を目差して巨木コースを2.7キロメートル。
私の前方をつかず離れず一定の距離を保ちながら歩いてくれる人がいた。

森の守神。

千手ヶ浜で出会った地元の人。
高山を通ってずっと歩いてきたとか。
息子さんは登山家で、地上ではなく雲海を歩き回っているが
自分は地元を散策するのが精一杯…などと話してくれた。

なんとなく自然に道連れとなった。

この季節、8月下旬はクリンソウは終わっていて、紅葉には早い。
訪れる人はまばら。
その人がいなかったら、私は巨木の中たった1人だった。
しかも、熊が出没するとの噂も。

常に距離を置いてまるで守ってくれるかのように歩いてくれたその人は
西ノ湖に着き、ひと休みしてまたハイブリッドバスのコースに交わる帰り路まで、
前方にいてくれた。

そして…分れ路。
お礼もそこそこにあっけないほど左右に別れて、しばらくして振り返ったら、もう消えていた。
路の向こう側の木に隠れたのだろう、と思いたいような。
森の中に消えてしまったとも思いたいような。

森の守神様。
道案内をありがとうございました。


ところで、西ノ湖。
森の中に隠れるような小さな小さな湖。
近くに寄ると、その付近だけ空に抜けるような開放感がある。
神秘的で、密やかで…
車の乗り入れができない分、気軽に入れない秘密めいた湖。

私は、好きな湖の一つだ。





posted by: masumi | | 00:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
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